東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)297号 判決
(争いのない事実等)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、引用例に本件審決認定のとおりフランジ部の内周に設けられた歯部をボス部の肩部に嵌込み係合したクラツチデイスクハブが記載されていること、及び本願発明と引用例記載のものとの一致点が本件審決認定のとおりであることは、原告の自認するところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 本件審決は、引用例のその余の記載内容を誤認し、その結果、本願第一発明と引用例記載のものとの対比に当たり、その構成及び作用効果についての認定判断を誤り、ひいて、本願第一発明をもつて、引用例記載のものから当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。
すなわち、
引用例にフランジ部の内周に設けられた歯部をボス部の肩部に嵌込み係合したクラツチデイスクハブが記載されていることは、前叙のとおり原告の自認するところであり、成立に争いのない甲第二号証(引用例)によれば、引用例の考案の詳細な説明の項には、一実施例の構成の説明として、ボス部3よりも硬度が大で、その内周(中央孔の周囲)に複数個の歯部6と該歯部6と同数個の溝7とからなるスプライン5を形成したフランジ部2と、フランジ部2が結合する肩部11とスナツプリングを嵌込むための外面にテーパ壁13を形成した環状溝12と一側に肩部の削り取られた部分を内部に没入する環状凹部10を有する大径部9からなるボス部3が記載され(第一欄第二九行ないし第二欄第七行)、次いで、その組付手順について、フランジ部2のスプライン5をボス部3の肩部11に嵌込めば、フランジ部2の歯部6は肩部11を剪断力によつて削り取り、肩部11の削り取られた部分は前記環状凹部10に完全に没入し、フランジ部2とボス部3とは隙間のないスプライン係合のように係合し、一体回転が可能となる旨の記載(第二欄第八行ないし第一五行)があることを認めることができるところ、同号証によれば、引用例には、フランジ部2の歯部6によつて削り取られた肩部11の削り取られた部分は、前認定のとおり、嵌込工程の完了時には、大径部9に設けられた環状凹部10に完全に没入し、フランジ部2と大径部9を有するボス部3とは間隙のない状態で当接するとの記載があるだけで、右削り取られた部分をフランジ部とボス部とが軸方向に相対移動することを防止するうえで、一定の役割を担うものとして利用する旨の記載やそのような利用方法を示唆する記載は何ら認められない。以上認定の事実によれば、引用例には、フランジ部とボス部との軸方向の一方の止めの構造としては、大径部を設け、デイスク自身によつて中央部材(ボス部)に畝立てを行うときに現れる削り取られた部分をデイスクと中央部材とを隙間のない状態で係合させる際の支障となるものとして捉え、右大径部に環状凹部を設け、これに右削り取られた部分を没入させるという構造のクラツチデイスクハブが記載されているものと認めるを相当とし、したがつて、「削り取られた部分」が一方の軸方向止めとして役立つとみるのが妥当である旨の本件審決の認定判断は、引用例の記載内容を誤認したものというほかはない。被告は、この点について、本願発明と引用例記載のものとは、中央部材と一体の複数突出が形成される点において差異がなく、これらの突出が一方の軸方向止めとして役立つとみることができる旨主張するが、「削り取られた部分」が本願第一発明における複数突出に該当するとしても、これらが一方の軸止めとして役立つておらず、一方の軸止めとして利用しようとする技術的思想が存しないこと前認定説示のとおりであるから、右主張は、採用することができない。
一方、前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第三号証(本願発明の特許出願の願書に添附した明細書及び図面)及び第四号証(昭和五八年二月二三日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、特にクラツチの摩擦円板用の二つの同心部材の組立体及びその組立法において、従来技術においては、中央部材に畝溝を形成するとき、デイスクの歯が切り屑を削り取り、切り屑は嵌合工程の終りに、中央部材に設けられてこの切り屑を受取る溝に没入し、上記の溝に隣接する中央部材のカラーが、デイスクの軸方向止めの一方を形成していたが、このような組立体は、堅牢度が優れ、製造原価も低いが、中央部材にデイスクの止めカラーを切り屑を受取る溝とともに形成する必要がある点でコストがかかるという欠点を有していたことから、切り屑、これを受取る溝及びカラーを中央部材に構成することなく、中央部材の畝立てによつて現れる中央部材の複数突出によりデイスクの軸方向の止めの一方を形成することによつて、簡単かつコストの安い組立体及びその組立法を提供することを目的とし、本願発明の要旨記載のとおりの構成を採用したもので、右構成を採用することにより所期の目的を達し、簡単かつコストの安い組立体及びその組立法を得ることができるという優れた効果を奏するものと認められる。
叙上認定したところにより、本願発明と引用例記載のものとを対比すると、両者は、円筒形の中央部材(ボス部)と中央部材(ボス部)よりも硬い歯を有する歯附き中央孔を有するデイスク(フランジ部)からなり、上記歯が中央部材に嵌合するとき畝溝を造り、嵌合の終りにそこに埋まることによつて両部材が互いに角度的に一体化し、デイスクは二つの対向する止めによつて中央部材(ボス部)上に軸方向に固定される、嵌合した二つの同心部材のクラツチ組立体である点では同じであるが(以上の点は、前叙のとおり原告の自認するところである。)、一方の軸方向止めの構造を異にし、その構成及びその奏する作用効果を異にすること明らかであつて、両者に右のような相違がある以上、本願発明をもつて引用例記載のものに基づいて容易に発明をすることができたものとは、到底認めることができない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に、本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとする。
〔編註〕 本願第一発明の要旨は左のとおりである。
一方の部材が円筒形の中央部材であり他方の部材が上記の中央部材よりも硬い歯を有する歯附き中央孔を有するデイスクであり、上記の歯が中央部材に嵌合のとき畝溝を造り嵌合の終りにそこに埋ることによつて両部材が互いに角度的に一体化し、デイスクは二つの対向する止めによつて中央部材上に軸方向に固定される、嵌合した二つの同心部材の組立体において、デイスクの上記二つの軸方向止めの一方は、デイスク自身によつて中央部材に畝立てを行うときに現われる材料の塑性変形により形成される中央部材の複数突出によつて構成され、同突出が中央部材と一体化していることを特徴とする組立体。